2007年09月07日

国産のものを利用し、正当な対価を支払いましょう

ホントにただのチラシの裏ネタなんですが。

まとまってから書きたいのはいつものことなのですが、まとめる時間もないので思いつくまま書いておく。気が向いたらまとめる。
というか、結構いい提案だと思うのだが、裏付けをひとつも取ってないので便所の落書きと一緒である。裏付け、取れたらいいなぁ。
なんとなく断定調で気が向くままに書いてますが、今のところすべて私の妄想です。お間違いのないようにお願いします。

で、結論だけタイトルにしてみました。
だって長いんだもん…続きを読む
posted by ちや at 02:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

多老化問題

少子化問題って何が問題なのだろう?『少子』である『子供』や『(その)親』にとって、少子化は問題ではない。『老人』にとって問題なのだ。当然『親』が『老人』になった時に、その時の『子供』、すなわち『親』のときの『孫』が少子だった場合、養ってもらえないので問題になる。

少子の原因は『誰の』責任なのだろう?単純に考えると『親』なのだが、親は少子でも(すぐには)問題ではないので『現在の問題』に対しては責任がない。『親』が少子でも(の方が)良い、と考えてしまう土壌を作った『老人』の責任ではないか?これで原因と結果がつながった。

よって、老人の福祉が減少するのは当然なのだ。原資を確保してこなかった『老人』のツケが今期限を迎えたのである。原資が少ないのだから、支払いを減らすか、支払い対象を減らすかだ。福祉のレベルを下げたくないので少子化問題と言っているので、正しくは多老化問題なのだ。これで『原因、結果、問題点』がシンプルになった。『女は産むウンヌン』なんて発言を考える必要もなくなった。『老人は(自主規制)』

当然、少子化なのはわかっている上で子供を生まない『(現在の)親』が『老人』になった時点で大問題になるのは『(現在の)親』の責任なので、覚悟しておくように。せいぜい老後の資金を貯めておこう。
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2006年10月18日

代理出産関連、かな?
いろんなまとめは面倒だからこれを見て。
* http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/10/post_28ba.html

法務省も、向井亜紀も、それぞれの論理に基づいて行動している。あとは何を『親』とするかという定義を公式に決めるに過ぎない。感情的には『遺伝子的に親ならば親』だと思ってる。

でね、よくインタビューとかで「やはりおなかを痛めてないと(母)親とは…」というコメントには○○が出る。生まれてくるものの為の視点ではなく、(母)親である者の為の視点であるからだ。エゴと言ってもいい。ならば自分はそのように思うのは勝手だが他人にまで押し付けるな、と言いたい。『おなかを痛めた(母)親』が『法律上の親』である事が子供の幸せであるならば、養子や孤児には幸せになる手段がどうあがいても無い事になる。
父親はどうする?何をもってして『親』と定義付けるつもりなのだろう?己の遺伝子すら含まれない、単に伴侶が出産したという事実のみをもってして実子とするならば、父親とはなんだろう?代理母は、自分の体(液)は子供に提供されているので、遺伝上のつながりはなくても何らかのつながりは0でない事は認める。代理母の伴侶(代理父?)は?どうしてくれるんだ?

代理出産問題でイヤなのは、コメントを出している人が自分の(不安定な)感情をベースに発言し、本当に悩んでいる女性だけでなく男すら貶めている事にまったく気がついていない事だなぁ…
posted by ちや at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

今を生きる

時は流れを止めない。止まるのは思い出。
過去と同じ状況にあっても思い出と重なる事はない。それは悲しみであり喜び。
戻る事も立ち止まる事も望まぬの道ならば、過去を肴に未来を夢見つつ今呑もう。



当然ノルンネタとかまでは触れない(^_^;
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2006年08月30日

「なぜ子猫を殺してはいけないか」を説明してください。

正式な質問のタイトルは
倫理・宗教・法律を持ち出さず、かつ情に訴える以外の方法で、「なぜ子猫を殺してはいけないか」を説明してください。
説明できない・いけない理由はない・ケースバイケース、という類の回答はご遠慮ください。

これ、『なぜ人を殺してはいけないのか?』よりも簡単に思うのは間違ってるのだろうか?

単純に殺していいものといけないものを分けてみると、個人的には以下のようになる。

殺していいものは以下のいづれかに含まれる
1) 人に害を為すもの
2) 死ぬことによって人に利益を与えるもの
3) 1にも2にも含まれないもののうち、醜いもの(かわいくないもの?)
殺していけないものは上記以外である

人によるがほとんどの人にとって、子猫は『かわいいもの』であると思われるので、少なくとも3に反するので殺してはいけない。

1などは、害虫などになる。蚊とかもそうだよね。エチゼンクラゲもか。
2は食料だ。鯨は、日本人からするとA-2なんだけど、文句を言っているヤツらの文化からすると2にあてはまらず、かわいいものらしいので3にもならないので殺してはいけないものになる。

命すべてを奪ってはいけない、などと自然の摂理から反する事は聞かなくて良い。生物すべて、他の命を奪って生きているのだから。まだ坊主の『感謝』の言葉のほうがしっくり来る(が宗教だな)

だから、簡単に説明すると『子猫はかわいいから殺してはいけない』になる。だめ?


素朴な疑問だが、子豚や鳥、魚を愛玩している人は、それぞれを食べないのだろうか???
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2006年06月29日

命の価値その2

11年で6億超の医療費がかかった人のニュースを読んで、初めに思った事は『自分だったらどう思うだろう?』と考えた。ふと考えたら、一生で30億以上の医療費がかかるという事だ。しかもその金は自分の金ではない。どう思うだろうか?

誤解を受けないように書いておくと、病気にかかった人に規定の補助を行う事に対してなんら不満は無い。他人が『コストがかかるからといって命を絶つ』事は許されないと思ってるからだ。

では本人なら?それこそ人それぞれの考えがあるので、当然正解は無い。では私自身は?自分がなんらかの病にかかり、数十億の金が死ぬまでに必要で、その金は自分の金ではないなら…。これが数千万、いや1〜2億ならばあまり悩まない。数十億の他人の金を自分の為に使わせる、そういう事に自分は耐えられるだろうか?境界線が存在するということは、実は自分の命の価値が数億円ぐらい、と暗黙的に見積もってる証拠なのではないだろうか?ちょっと(不謹慎かどうかはわからないが)面白い。見合うだけの生涯年収を目指さねば。社会的に数億円の価値があると思っているから、その程度の負担を社会にかけてもいいと感じているようである。

関連して神聖な義務だ。考えてみると、わが子であってもやはり同じくらいの境界線が存在しているようだ。当然かの病気の平均的な累積医療費とかは数十億にはならないと思う。今ではそんなに大変な病気じゃないし。累積でいくらになるのかは調べられなかったんだけど、渡部昇一氏のような結論になるかどうかは微妙だ。しかしそのキーとなる重要な要素に『金』が絡むという事を自分が素直に受け入れているという事実にちょっとうろたえている。


ちなみに『人間の命は地球より重い』のか『地球は人の命より重い』のかというネタ?があるが私は『地球は人の命より重い』と思ってる。そういう価値観の人間だ。

うーむ。やはり文章にまとまりが無い。
posted by ちや at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

命の価値

某女性の身代金の要求額が3億円でしたが…

健保連が発表した平成17年度高額レセプト上位の概要によると、
2.平成17年度事業申請のうち、最高額は『(特定病名)』の20歳の男性で、3,495万3,330円であった。

そうです。およそ三千五百万円。ここには載ってないんだけど、ある会員制のニュースサイトによると
この患者の1994年6月-2005年10月の医療費総額は約6億2600万円

だそうだ。一生でいくらぐらいかかるのだろう?10年で6億円として、80まで生きたら、さすがに8倍じゃないとしても30億円は軽く超える。神聖な義務に関しては、そういう話があったという事は知っていたが、今回初めて読んでみた。感想とか自分の思いとかは、まとまらないので書けない。これを読んだ人それぞれがいろいろと思えばいいと思う。ただし、おおざっくりの概算30億円、これも命の価値のひとつである。

ありゃ、いまいちまとまらない文面だな…

追記:一部、誤解を受けやすい表現があったのと、言いたい事じゃない事しか伝わらない感じがするので訂正し、あとで別雑記にて追記するので、トラックバック参照の事
posted by ちや at 22:53| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

家の壁

車の内装は外れる。家の内装は外れない。壁だけど。取り外し可能な壁って無いのか?建ててから壁の中をケーブルとか通したい事とか結構ないか?
全部を取り外し可能にするのは無駄だとしても選択肢としてアリじゃない?
posted by ちや at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

プロの審判という職業の需要と供給

昨日、ふと思ったコトがあったので寝床でメール投稿したんだが、うまくいかなかった。もったいないので、そのまま載せてみる。

なんかすげぇ眠いからネタふりだけ

市場規模が大きい業界でも人繰りは頭が痛い問題なのだが「審判」という職業においてはどうなんだろう?
プロスポーツが興行的に成立してるだろう野球やサッカーですら需要の方が大きく、供給不足(なりたい人が少ない)と勝手に想像するんだけど…
真実はいかに?実はすごい高給取りとか?
posted by ちや at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

ダイエット志向とヘルシー志向

『ヘルシー志向が主流な為、パンの消費が減っている。脂質や糖質が高い為だ。』とTVで言ってた。

それって、ダイエット志向ではないのかな?
ヘルシー=脂質が少ない、では無いのだが…
それとも、『ダイエット=ヘルシー』なのか???
posted by ちや at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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