2006年06月29日

命の価値その2

11年で6億超の医療費がかかった人のニュースを読んで、初めに思った事は『自分だったらどう思うだろう?』と考えた。ふと考えたら、一生で30億以上の医療費がかかるという事だ。しかもその金は自分の金ではない。どう思うだろうか?

誤解を受けないように書いておくと、病気にかかった人に規定の補助を行う事に対してなんら不満は無い。他人が『コストがかかるからといって命を絶つ』事は許されないと思ってるからだ。

では本人なら?それこそ人それぞれの考えがあるので、当然正解は無い。では私自身は?自分がなんらかの病にかかり、数十億の金が死ぬまでに必要で、その金は自分の金ではないなら…。これが数千万、いや1〜2億ならばあまり悩まない。数十億の他人の金を自分の為に使わせる、そういう事に自分は耐えられるだろうか?境界線が存在するということは、実は自分の命の価値が数億円ぐらい、と暗黙的に見積もってる証拠なのではないだろうか?ちょっと(不謹慎かどうかはわからないが)面白い。見合うだけの生涯年収を目指さねば。社会的に数億円の価値があると思っているから、その程度の負担を社会にかけてもいいと感じているようである。

関連して神聖な義務だ。考えてみると、わが子であってもやはり同じくらいの境界線が存在しているようだ。当然かの病気の平均的な累積医療費とかは数十億にはならないと思う。今ではそんなに大変な病気じゃないし。累積でいくらになるのかは調べられなかったんだけど、渡部昇一氏のような結論になるかどうかは微妙だ。しかしそのキーとなる重要な要素に『金』が絡むという事を自分が素直に受け入れているという事実にちょっとうろたえている。


ちなみに『人間の命は地球より重い』のか『地球は人の命より重い』のかというネタ?があるが私は『地球は人の命より重い』と思ってる。そういう価値観の人間だ。

うーむ。やはり文章にまとまりが無い。
posted by ちや at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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